4/30/2005

busque

ドミニカのスーパーにはまさに、掘り出しものの宝庫だ。

今日はうちの学校の近くにsirenaという、ジャスコっぽいショッピングセンターにいって、小さいさいふを捜していた。バス乗車用に、ぎょうぎょうしくない小さいのがほしかったのだ。

ちょうど、ワゴンの中に、財布がたくさんつんであったので、物色した。子供用品売り場にあったので、ディズニーとか、スヌーピーとかの柄が目立った。

しばらく探していると、おもちゃのサングラスとか、使い古しっぽい財布とか、いかにも、家庭科の作品ってかんじの財布とかなんかも、まぎれていた。しかも、それらにもちゃんと値段がついてる。従業員が家から持ち寄って気まぐれで混ぜちゃったかんじ。スーパーなのに、もはや、フリーマーケット状態。他のコーナーでも、コザトヘンが怪しい悟空のTシャツが売ってたり、星運?とか中国語っぽい言葉が書いてあるキティちゃんのマスコットとかがあったり。うさんくさいけど、どんなのがでてくるんだろうって、すごくわくさくしてしまった。

4/29/2005

el sur

今日は、ドミニカ南部の日本人移住地を訪れた。

最初は、ハイチの国境近いドゥベルヘという小さな町。ここは、日本人が、政府の移住政策で最初に、コロニーを作った町だ。第一印象は、何もない、閑散とした町。乾燥していて、作物もあまり育たなそう。こんなところに、日本人が入植しなければならなかったのだ。当時の政府が謳っていた『楽園』とのギャップに、入植者の人々はかなり苦労したに、違いない。

ドゥベルへを後にし、次は、ビセンテノブレに住む日系一世のおばあさんを訪ねた。白いごはん、野菜たっぷりのお味噌汁、お漬物をいただきながら、スペイン語と鹿児島弁を交えて話すおばあさんに、移住当時のことなどを伺った。厳しい気候条件、文化のギャップ、言葉の違い、など多くの障害を乗り越えるには、私たちの想像ははるかに超える苦労があったのだろうと感じた。絶望的な状況の中で、それでも前へ前へと自分自身を奮い立たせていった、日系人の方々には、本当に頭がさがる思いがした。

特に、日系人の方々が、ドミニカ共和国の経済に及ぼした影響というのは、はかりしれないものがある。今回の南部移住地見学の最後に、日系人の方が経営する、有機栽培バナナ農園を訪れた。13人のハイチ人労働者とともに、4万本のバナナの木を、無農薬、無化学肥料で栽培し、ヨーロッパの先進国等に輸出しているそうだ。

特に、農業においては、日系人の存在・功績は、不可欠なもののようだ。

4/28/2005

SEA

今日は、仕事に関係する機関ということで、農務省を訪れた。図書館にいったら、スタッフの人が2人、仕事をしているのか、私の世話をしてるのかよくわからないかんじでいた。

私がラベガで有機農業の普及に携わる旨を伝えたら、資料を持ってきてくれた。中身は、あんまりよくわからなかったけど、ドミニカの有機農業の一般情報などが書いてあったような気がした。「この資料は他の部署のもので、今しか手に入らないから、コピーしたら」といわれたんだけど、資料はすっごく分厚くて、どれが重要なのかも全然判断できなかったし、コピーできるところがすごく離れているので、一時間半くらいまたなきゃならないっていうのもあって、断った。スタッフの人達には、「なんでコピーしないんだ?」っていわれたんだけど、膨大なスペイン語読む気がしないし、今の私にはわかりっこないしね。いちおう、スタッフの人たちに、有機農業についてなど質問をしてみたんだけど、彼らがいってることが全然わからなくて、本当に泣きたくなった。っていうか、半分泣いてた。先生が後で優しくなぐさめてくれた。なんて、amarbleなのかしら。

でも、これで、本当に仕事ちゃんとできるんかなあ、かなり不安。

4/27/2005

vamos a bailar

今日は、マリア先生による、メレンゲダンスレッスン。ドミニカ共和国は、スペインの音楽とアフリカの音楽、インディオの音楽の影響をうけた、独特な音楽を楽しむことができる。メレンゲ、バチャータ、ボレロなどなど。グアグアに乗るといつもがんがんにかかっているし、閑静な住宅街でも、いたるところで、かかっている。ここでは、音楽はほんと生活の一部なんだなって思う。踊れない人は人間じゃない、そんなかんじ。

今日は、メレンゲにあわせて、足裁き、手の組み方、回転の仕方なんかを練習した。ちょっぴり難しいけど、かなり楽しかった!次は、ディスコテカにいって、練習を重ねなければ!

4/26/2005

baño

ドミニカのトイレ事情。トイレは日本と同じように、水洗・着席式だ。しかし、ここのトイレは、管が細いらしく、紙を便器に流さずに、脇のかごに捨てなければならない。まあ、こんな国は他にもいっぱいあると思うし、別に不便ではないので、さほど、気にならなかった。けど、この前遭遇したトイレは、カルチャーショック以外の何者でもなかった。

とある、サービスエリアのような場所でトイレに入ろうとした。したら、びっくり、トイレの扉の下が開いてて、しかも、扉が低いところまでしかなく、みんな顔が上から出てる。中には、扉すらないトイレまで!(しかも、普通におばあちゃんとか用たしてるし!)。

トイレは10個くらいあったんだけど、実際、ちゃんと機能してそうだったのが、2個くらい。私が利用しようとしたのは、かなりやばかった。水が流れるか試してみたら、なんとトイレの下から水が溢れ出して、トイレの床が洪水状態に!かなりみんなの注目をあびるかと思いきや、みんないたって普通。あらら~、程度。結局、妥協に妥協を重ね、消去法で、トイレを選び、トイレを後にしたのだけど、ほんと、生きた心地がしなかった。。。。。

4/25/2005

Mi amigito

朝、ホテルハラグアという超高級リゾートで、安全対策協議会があった後、天気もよかったので、カリブ海をずっと眺めていた。すると、どこからともなく、ちびっこ二人がきて、となりに座った。彼らは、靴磨きの道具を持っていたので、おそらくこの収入で家計を助けているのだろう。最初は、あんまり興味なさそうに海に石なんかをなげて遊んでた。私も、最初は、気にせずに仲間としゃべっていたのだけど、途中から彼らの存在がすごくきになりだした。そこでちょうど、私革靴はいてたから、磨いてもらうことにした。

そのちびっこの一人、アドリアン君とはいろんなことをしゃべった。彼は、ドミニカではなく、ベネズエラからきたんだって。海に石を投げて遊んでたのも、カリブ海の向こうを意識してるんだなあって納得した。アドリアンは、木登りもできるし、ばくてんだってやっちゃう元気な男の子、でも、ふとした瞬間に、さみしそうな顔をする。幼いながらに、私たち大人よりも、世の中のことをよくわかってしまったのかもしれない。

結局、アドリアンとは、日本語を教えたり、海鳥について話したりして、長いことすごした後、次の目的地、プラサ・クルチュラルまで案内してくれた。

ここでは、『feria de libro』という、文化フェスティバルが行われていた。各国の文化紹介、古本市、各省庁のインフォメーションブースなど、様々な出店があり、ひととおりぐるっとまわった。その後、前からとってもいってみたかった、近代美術館を訪れた。ちょうど、日本の陶器展もやっていて、運がよかった。俗にいう、モダン・アートな作品が並んでいて、「この形は何を表してるんだろう?」とイマジネーションが膨らんだ。

ここでもおもしろい出会いがあった、しかもトイレで。私が入ろうとしたとき、ちょうど、掃除をしていたんだけど、大丈夫よっていわれたので、入った。そしたら、紙がない。そこで、掃除のおねえちゃん(クリスティーナ)がそれを察して上から、紙を手渡してくれたんだ。なんて、親切な人!っておもったわけ。トイレからでて、早速お礼をいうと、「どこからきたの~?」から始まり、話に花が咲いた。しまいには、「日本のアミーゴたちに、私の写真をちゃんとみせてね!」と、おもむろにTシャツを脱ぎだした(笑)

偶然の出会いだけど、なんかやけに親しみをかんじた。もう一度会いたいなあ。

4/24/2005

perdon

ホームステイってよくわからない。夜外出すると、「年寄り夫婦よりも、若い子と出かけるほうがいいのかしら」といわれ、外出しないで、家にいると、「今日、娘夫婦にボカチカ(海岸)にいかないかって誘われたんだけど、あなたにご飯作ってあげなきゃいけないからと思って断ったのよ」といわれたり。家では、ことあるごとに話してるつもりだけど、コミュニケーションというか、間の取り具合がまだまだ難しい。

でも、今のところ、家族とはうまくやっているし、ママとパパはすごくよくしてくれる。今日も、息子夫婦が小さい赤ちゃんを連れてきたときに、私に赤ちゃんを紹介してくれた。まだしゃべれないけど(笑)。お目目くりくりで思い切り、ぎゅっと抱きしめてあげたくなっちゃった。Muy bonito!!

夜は、ピザの宅配を頼んだ。サラミピザとサーモンピザを頼んだんだけど、実際にきたのは、サラミピザとパイナップルピザ。どうやら、店の兄ちゃんがまちがえたっぽい。みんなでぶつぶつ文句をいいながらも、なかなかいけるじゃんと思いつつ、食べた。

ああ、お腹いっぱいと思ったら、今になって、パパがピザ屋に電話をしだした。「サーモンピザを頼んだのに、なんで、パイナップルピザをもってきたんだい?いった何が起こったんだい?」とクレームつけてた。向こうは、煮え切らない返事をしていたらしく、今度は、「客として、あなた方のサービスに支払う義務はないと思うのだが、どうするつもりだい?」などとさらに詰め寄っていた。結局、サーモンピザをあらたに届けてくれることになったのだが、日本だったら、普通、食べる前にいうよね。食べちゃった後にいうのが、ちゃっかりしてるというか、さすが!と思った。

クレームはけっこういいたいことがんがんいってたけど、ピザに対する不満とかはどうでもよさそうで、ただ、ゲーム感覚でそのやりとりを楽しんでるってかんじがした。なんか、おもしろいな、ここの人って。

4/23/2005

zona colonial

今日は、ドミニカのヨーロッパ、ソーナ・コロニアルという旧市街地にいった。ドミニカ共和国は、コロンブスが最初に「発見」、都市を作った場所で、ユネスコの世界遺産にも登録されている。今日訪れたエリアには、植民地時代当時の建造物、町並みが残されており、どこでもドアでヨーロッパにきてしまったような、そんな印象だった。

カテドラル、オサマ砦など、様々な場所を訪ねるうちに、当時のスペイン人の繁栄、植民地労働者の苦労について、想像がふくらんだ。植民地政策の良否は別として、歴史を大事にする、ドミニカ人の思いは、日本人が想像することができないような特別なものがあるのだろう。

4/21/2005

cariñosa

今日は先生とちょっと秘密な話をした。いつもよりさらに疲れたかんじだったし、かぜひいたみたいだったので、心配になった。

話をしてみると、朝、昼は語学学校で働いていて、夜は公立学校で働いていて、しかも休日には大学に通っているそうだ。一応、語学学校の授業は毎日入っているが、それだけではとてもじゃないけど、生活していけないそう。語学学校のトップはアメリカ人で、授業料等の収入のほとんどを持っていってしまい、ドミニカ人教師にはほとんど入ってこないんだって。せっかくうちの先生は有能で働き者なのに、とってももったいないと思う、

私達のコースが終わったら、学校をやめて、起業を考えているそう。いくつかプロジェクトをもっていて、まず最初に、高校を出て職を持たない若者相手に、職業訓練を行ったり、仕事を探したりする手伝いをしたい、と考えているそうだ。実際、ドミニカでは、職を得るということは非常に難しく、それが高校卒となったらなおさらだ。ドミニカの若い人たちの将来を真剣に考えている先生の話に、私も心の奥がすごく熱くなっ

4/20/2005

sancocho

今日は先生とドミニカ人類学博物館にいった。ドミニカの文化は、サンコーチョだといわれている。サンコーチョっていうのは、ドミニカの代表料理で、ユッカ芋、牛肉などをスパイスで煮込んだ、カレーが超マイルドになったような料理。先住民のインディオである、タイノ族がユッカを、コロンブス時代の支配者スペイン人が肉を、奴隷として連れてこられたアフリカ人がスープを持ち寄ってできあがったのが、サンコーチョ、ドミニカンリパブリック。街を歩いても、多民族、多人種国家なんだなあとしみじみ思う。

博物館に行った後、mercado modeloという、市場街にいった。ここはちょっとしたハイチ人のコミュニティーがあるそうで、少し独特な感じがした。私自身、ヘイジャンアートや、ブードゥー教などハイチの文化に結構興味があるので、ハイチの人たちとも、話してみたいな。

すごく活気がある市場で、うちの語学学校の先生の友達、と名乗る人がいたり、すれ違いざまに、「ジャッキチェーン、アチョー」って叫んでた人がいたり、いろんな人がいた。なんか、もう一度いってみたい街だった。そうそう、ここで食べた、とうもろこしで作ったおばちゃんの手作りパン、優しい味がして、とってもおいしかったなあ。また食べたい!!!!

4/19/2005

se fue

今日は授業の後、スーパーを探検した。値段はそんなに安くはないけど、おもしろいものがたくさんある。業務用のドライヤー付いす、かわいいのとリアルなのの瀬戸際なかんじのキャラクターのノート、ドミニカ語辞典など目をひくものがいっぱいだった。

ドミニカはほんと、お金さえ払えば物はなんでもそろう。USBのフラッシュメモリー、習性テープまである。

ドミニカ人は、見た目をすごく気にする国民だそうだ。だからか、インフラはとても整っている。しかし、実際は箱だけなのである。電線が引かれていても、毎日停電する(何時間も!)し、水道も電気で制御しているため、停電とともに、水も止まる。首都はまだいいほうで、一日3~4時間電気が止まる程度で済んでいるらしい。地方では電気がまったくないところや、電気があっても、一日中停電、みたいなところが多いらしい。私的には、電気がないのは、別にかまわない。でも、水がないってのは、かなりきつい。だって、トイレの水も流せないんだよ!だって、女の子なんだもん、きついよ。まあ、田舎にいくから、慣れないといけないのだけど。もしものために、バケツに水をためとかないとね。

4/18/2005

trabajadora

私の先生は、40代で子供が3人もいるが、かなりグッドスタイルである。しかも、私の好きなMary J Bligeにちょっぴり似ている。彼女はとっても、tarabajadoraだ。たぶん、けっこう頭もよいのだと思う。やる気があって、こっちが質問したことにも、真剣に答えてくれる。ドミニカ人はあまり仕事をしない、と聞いていたので、先生の働きぶりにはびっくりした。やる気があっていいのだけど、その分、こっちにも宿題をたくさーん出したりと、要求するものも多い。宿題だしすぎだよほんとに。

でも、先生いつも元気なかんじだけど、あんまり夜寝てないとか、疲れてそうなときがけっこうある。本人も認めていたけど、自分で自分の仕事を増やしてしまう性格らしい。この国の人にしてはめずらしく働き者。倒れないかなあとちょっと心配だ。

4/17/2005

tamo bomba

¡Hola! ¿Cómo tú 'ta?
Me llamo Kosuke.
Soy compañero de Jolitita y su guardian también.
Todos los dias le defando del ataque de los dominicanos.
¡Chao!

!Hola!
Soy Nayuta,etsoy amigo,no no enamorado de Yoriko.hehhehhe-.
?Estan bien,jovenes?
Aqui es muy divertido.Pero todavia no he bailado toristemente.
sika-si!Nunca tengo progrema daze!
Zettai voy a bailar y ablasar con mujeres bonitas!
!tenga buena vida con migos en el mundo!
Chao,chao

jolitita:
toy bombisma!
gracias mis amigos, perdon mis mejores novios!!
tamo pasando tiempo muy alegres y currientes juntos
los dominicanos a veces me dicen fea o china pero mis novios siemple me tratan como señorita bonita. que feliz yo toy!

4/16/2005

tarea

今日は特に予定もなく、近所のガソリンスタンドにある、star martで勉強をしていた。日曜ということもあって、お客さんは私たち以外ほとんどいなかった。それにしても従業員多すぎ。あんまり働いてないし。いい意味でワークシェアリングの一種なんだろうか。。。

ママには、夕食前に帰るといっていたのだけど、夕飯ごろに帰ったときにはもうすでに家にはだれもいなかった。あとで聞いてみたら、私が夕食までに帰るって言ってたから、娘さん家のディナーに一緒に連れて行ってくれるつもりだったらしい。少し私の帰りを待っていたそうで、すごく悪いことをしたなあと反省した。ああ、せめて遅れるって電話しといたらよかった。。。

4/15/2005

Boca Chica

朝は、家族はみんな教会にいっちゃって暇だったので、アクロポリスっていう、サンシャイン池袋をちょっと小さくしたようなかんじのビルで本を読もうと出かけた。5階に、一人でも安全で、静かで、景色のいいスペースがあるのだ。周りには、バリバリパソコンで仕事してるお姉さんとか、居眠りしてるおばさんとか、ちょっと平和ぼけしたかんじ。私もとても、和やかに本を読んでたんだけど、周りの一人のお姉さんに、すれ違いざまに、「おべんとう!!」って叫ばれた。たぶん、日本語のはず。日本人だからとりあえずいってたのか。謎。

午後はドミカムでサントドミンゴから30分くらいのBoca Chicaという海岸にいった。Boca Chicaいきのバスはとてもローカルなエリアにあった。そこらじゅうでメレンゲがかかってて、頭にお菓子のかごを載せた物売りのおばちゃん達が行き来してたりととても、alegreな雰囲気。ここぞドミニカってかんじ。今すんでるところが青山だとしたら、ここは上野のアメ横・御徒町とかそんなかんじ。あやしい雰囲気がただよっていて、人間くさそうな場所だった。

BocaChica は地元の家族連れでにぎわっていた。海は工場の近くなので、そこまできれいではなかったけど、日が暮れていく様子はとても美しくて思わずため息が出た。やっぱり、私には海が必要だ。

Presidente を買って帰りのバスで、乾杯した。周りのお客さんはもちろん、運転手まで、飲んでて超ハイテンション。メレンゲ、ポルカ、バチャータ、サルサがガンガンにかかっててだれかは歌ったり、しゃべったり、さけんだり。うるさいけど、つっこみどころがたくさんある、味のある人たちだ。

4・17

4/14/2005

agricultura organica

はじめての先生なしのグアグア。スーパーsirenaの前のバス停でルートを調べていたら、一人の男性が話しかけてきた。警察の制服をきていて、ロドリゲスっていう名札もつけている。握手をしてきたので、やけに、近い人だなあと思ったが、親切そうだったので、道を聞いた。道をがんばってきいていたのだが、今度は、頼んでもいないのに、日本語ができるという人がどこからともなく現れた。いかにも、ジパングってかんじの人だった。曰く、「その方向なら、私、これからカロ・プブリコいく。だから、一緒いきましょう」と。カロ・プブリコってのは、乗り合いタクシーのことで、ドミニカ庶民にとって重要な交通手段であるとともに、強盗・レイプなど、犯罪の現場にもなっているので、便利ではあるが、私たちは利用するのを禁じられている。だから、その日本人がカロ・ぷぶりこを指定してくる時点でまず怪しいなって思った。日本人だから、安心して乗るだろうと思われたんだろうか、たぶん、最初に話しかけてきた警察官も、日本人も、周りのとりまき(?)もみんなぐるだったに違いない。おそるべし、ドミ犯。

グアグアにも無事にのり、連絡所へ。そしたら、たまたま、私のいく予定のプロジェクトの先輩隊員が全員集合していた。これから、ラベガの農業学校の学生達が作った有機野菜を日本人のシニアの人たちの会合に売りに行くところだったので、少しお手伝いをした。かぶ、きゅうり、セロリ、パクチーなどみるからにおいしそうな野菜が20~40ペソ(1ペソ4円弱)で並んでいる。ドミニカ人は有機野菜はもちろんのこと、野菜を食べる習慣はあまりないので、少しむずかしいかもしれないけど、日本人、日系人のネットワークをうまく使えば、すごく効果的な流通サイクルができるんじゃないかなあ。

夜は、お酒を飲みながら、活動について、任地についてなどいろんな話をきいた、私の同僚になる人は、私がくるのをかなり楽しみにしてはりきってるらしく、ちょっとプレッシャーだ。

4/13/2005

Que tigere !

ドミニカのスペイン語はかなりかわってる。っていうかもはやドミニカ語。SESが抜けるのは当たり前で、北部の私がいくあたりは、LRIと読むらしい。恐るべしドミ語。

今日はクラスでドミニカ風あいさつを習った。たとえば、Toy bomba(ちょーいいかんじだぜ!!!)って意味だけど、bombaってなんだかかわいいよね。今の私、馬鹿のひとつおぼえみたいに、このフレーズ多用してます。

夜は、結婚したばかりの娘さんが遊びに来てた。ママと娘さんが話してたんだけど、全然入り込めなくてちょっと一人ぽつんとしてしまった。この速さとなまりに慣れる日はくるのだろうか。。。。。。。夕ごはんはごはんとfideo(そばめしみたいなかんじで使うパスタ)、牛肉とじゃがいもの煮物、オクラとトマトの煮物をいただいた。ママの手料理はいつも本当においしくて、幸せになる。

4/12/2005

primera guagua

授業スタート。長野での語学訓練もマリア先生だったし、ドミニカでも、マリア先生だ。午前中は自己紹介、テスト、面接なんかをした。スペイン語文法かなり忘れててやばいと思ったひとときだった。
お昼はSirenaというスーパーマーケットのデリでpolloやらarroz conpuestoやらを買った。そういえば、pollo(鶏肉)毎日食べてるようなきがする。ここドミニカではPolloの消費が他の肉に比べてダントツに多いらしくPollo好きなJolititaとしては食べ比べしてみないとね!
午後は外に出てグアグア(バスみたいなやつ)ののり方を実際に練習した。実際に行くルートを決めて乗車の仕方、お金の払い方など、お客さん達の注目をあびながらも楽しく学んだ。でも、帰りがきつかった。グアグアで帰るのかと思いきや徒歩。先生もまぶしいし、疲れるからやだっていってたのになぜか徒歩。まあ、それでやせるんだったらいいか。途中、コルマド(町のなんでも売ってる商店、ホセ商店とか、そんなかんじ。)で買ったペプシのおいしかったこと!夕ごはんはアビチュエラ(見た目アズキ、実は塩味)だった。優しい味で、いくらでも食べれそう。

4/11/2005

mi familia

今日のランチはむしょうにカルボナーラが食べたくなったのでイタリアンのお店へ。とっても雰囲気のよいところ。カルボナーラももちろんおいしかったけど、一緒に頼んだマンゴージュースがほんとしぼりたてのものだけを使ったかんじでとってもおいしかった。

オリの後、両替したりしてちょっと時間があったので、ショッピングモールにいったらゲーセンがあって、日本で使われてたのが中古で回ってきたんだなあってかんじのゲームがたくさんあってちょっとうれしくなってしまった。しかも、ぷリクラまであってもちろん3人でとりました!

夕方は初の語学学校にて、ホームステイ先のfamiliaと対面。私の家はママとパパの2人暮らし。とても暖かい人たちでうまくやっていけそうな予感。夕ごはんはごはん、鶏肉、じゃがいも、にんじんなどが入ったスープを食べながら、ママといろんな話をした。まだしゃべれないので話を聞いてるだけだけど、これが一ヶ月後にはどうなることやら?

ultima noche

朝から、表敬訪問やオリエンテーション。人疲れしたのと、暑いのにずっとスーツでいなきゃならなかったのとで、夕方にすべてが終わった頃には、ぐったりだった。

ちょうど一休み、スーパーNationalのカフェコーナーで、お茶することにした。Chinolaっていう不思議な果物とpassion fruitのジュース。もちろん、頼むときは、『Sin azucal(砂糖なし)!!』で。おいしかったけど、砂糖なしっていうと、すっぱかったりして、両極端になるのはなぜ?

明日から、ホームステイになるので、同期達と夜を過ごすのも最期だね~ってことで、ジャンクフードではなく、ちょっと、雰囲気のいい、『Fritkot Belgian Snacks』っていうレストランでディナー。ドミニカを代表するビール『Presidente』(これでもかっていうくらい、凍っている)で、これからの前途を祝し、乾杯。

La chinaっていう、西洋人の間違った東洋人観が凝縮された、ハンバーガーをいただいた。タイ料理とかによく入ってる香草、曰く日本風(?)マヨネーズ、コチュジャンっぽいソースなどがフィーチャリングされてたような。しかも、認知不能な香辛料のせいで、かなり辛い。こう書いていると、すごい代物なかんじがするけど、私は、けっこうお気に入りだったりした。

ホテルに帰ってからも、みんなで、ドミニカのこれからのことや、語学訓練のことなど、いろんなことをしゃべった。他の二人はとってもfunkyなので、いつも、笑わされているし、同時に、二人にはことあるごとに、助けられている。明日から、語学学校などで会うことはあると思うけど、夜はばらばらのうちにいっちゃうんだよなあと考えると、少しさみしい。

4/10/2005

domingo de S.D

昨夜、ドミ共3人で、ホテルで飲もうっていってたのに、気づいたら、朝だった。。。聞いたら、みんなそんなかんじだったみたい。長旅だったから疲れてたんだね。

朝食がてら散歩、と思って歩いていたら、目抜き通りのはずなのに、閑散としている。日曜日は休息日だから、お店もやっていないのだ。

やっとのことでみつけた、ドミ共のフライドチキンチェーン店『Pollo Victoria』に入って、desayuno メニューのmanguを頼んだ。サラミとスクランブルエッグが入ってるのはいいけど、その付けあわせみたいに、変な芋でつくった茶色いマッシュポテトがついてた。しょっぱいのか、甘いのか、それすら判断できないような微妙な味。お腹がとってもすいてたら食べれるかも、そんな一品。さらに驚いたのが、コーヒー!最初からコップの4分の1位しか入ってない。そこに、ドミニカ人は、カップたっぷりの砂糖をじゃんじゃんいれる。明らかにコーヒーに対して、砂糖が飽和状態。じゃりじゃりするじゃん。

ドミニカ人の健康に思いをはせながら、店を後にする。

午後は、先輩隊員の誘いがあり、地元のchicosとバスケした。(というか、私は他の2人の応援だけどね。)ドミニカ人の身体能力の高いこと!手長すぎだし!ドミニカは、サミーソーサとか、野球のイメージが強いけど、庶民レベルでは、バスケのほうが盛んみたい。

ドミニカでも、ズボンの腰履きが流行ってて、みんな下着をチラみせしてたのが、日本女性的に気になった。

バスケの後、Nationalというちょっとこじゃれたスーパーで、食材を買い込み、ビールを飲みながら、先輩隊員に現地の活動の様子などを聞いたりして、早く行きたい気持ちがますます強まった。

夕方になり、せっかくだから、カリブ海をみてやろうじゃないか、ということになり、てくてくと南を歩いた。海岸はそこまで綺麗じゃなかったけど、歩行者天国のようになってて、夜なのに、おじいちゃんも、ちびっこもうろうろ。しかもハイチアンアートの店、屋台、メレンゲに合わせて踊る人たちなど、ドミニカ感たっぷりで、かなり感動!!

4/09/2005

son ricos?

ドミニカ共和国って中進国じゃん!そう思った一日だった。私達が行く国って、いわゆる途上国っていわれている国が多いし、ドミニカも、その例にもれず、しかも特に島国(隣にハイチはあるけど)ゆえの経済の弱点もあって、大変な国なのかなあと思っていたのだけど、首都のサントドミンゴを歩いてみて、見事にその印象は打ち砕かれた。

高速道路がビシっと通ってて、高層ビルも林立してる。大きなデパート・ショッピングモールも沢山あって、洋服、電化製品、高級家具、身の回りの便利用品(ピーラーがあったのはびっくり)、など、なんでもそろっちゃう。

一瞬アメリカのマイアミとかに来てしまったんじゃないのって錯覚してしまうほど。

でも、実際は、貧富の差が尋常ではないよう。日本人よりいい暮らしをしている人たちがいる一方で、一日2ドル以下で生活している、俗にいう、貧困層の割合が28.6%いるそうだ。貧富の格差は拡大傾向にあって、それに付随する社会問題も沢山起こっている。そういうことを考えると、ドミニカは見た目、陽気な中進国だけど、その裏に隠された問題は実に根深い。『環境保全型農業開発プロジェクト』のメンバーとして、ラベガ地域の貧困対策に携わることになっているが、私はそこにどう関われるのか、期待と不安でいっぱいだ。

4/08/2005

llege!

ドミ共に無事つきました!途中、予定のニューヨーク~サントドミンゴ間(アメリカン航空)がキャンセルになって、ドミニカについたのが、夜の10時くらいで、とっても大変だったけど、とりあえず、ほっとしたよ。一日強、無泊で旅してたので、首がいたいのと、おなかがごろごろしてるのとで、身体が睡眠を欲しているので寝ます。おやすみ。

4/03/2005

ladron!

非定住生活をしているので、コインランドリーのお世話になってみた。

いつもの洗濯機でやってるように首尾よく、洗濯を行い、乾燥機にかけた。

時間がたって乾燥されてるか確認しにいったら、なんと、根こそぎまるまる私の洗濯物、ないじゃありませんか!!どこを探してもない。管理会社に電話しても出ない。たぶん、泥棒じゃ。ちょっと時間がすぎてとりにいったばっかりに!不幸中の幸いか、洋服は含まれていなかったのだけど、かなりブルーになったことは確か。コインランドリー使うんだったら、ずっとスタンバイしとかないとだめだってことを身をもって実感。ああ東京砂漠。

muy bonita

ちょっと感動。
今日は大阪から、わざわざフィリピン・カイビガンのんちゃんが飛行機で東京まで飛んできてくれた。明日からまた仕事で日帰りなのに。前から、「東京に会いにいくからなー」といってはいたが、本当にくるとは。
しかも、今日はアパートの掃除・引渡しをしなきゃならなかったので、空っぽのアパートにきてもらうしかなかったのに。
掃除などを手伝ってもらいつつ、つもりつもった話をした。外でひなたぼっこしながら、露地裏の猫にうんちくたれたり、近所のおばあさんとのゆんたくを楽しんだ。「またドミニカにもいくからなー」と彼女。ほんとうに来そうだから、覚悟しておかないと(笑)。
その後、思いつき的にフィリピンカイビガンで集まることにしたら、急にもかかわらず、5人も集結。ちょうどマッチョの代表もきていたので、とってもなつかしい気持ちになった。
ともえ、結婚おめでとう★☆ 二年後、帰路変更で、パキスタンいくからね!ファルちゃんによろしく。