今日は、ドミニカ南部の日本人移住地を訪れた。
最初は、ハイチの国境近いドゥベルヘという小さな町。ここは、日本人が、政府の移住政策で最初に、コロニーを作った町だ。第一印象は、何もない、閑散とした町。乾燥していて、作物もあまり育たなそう。こんなところに、日本人が入植しなければならなかったのだ。当時の政府が謳っていた『楽園』とのギャップに、入植者の人々はかなり苦労したに、違いない。
ドゥベルへを後にし、次は、ビセンテノブレに住む日系一世のおばあさんを訪ねた。白いごはん、野菜たっぷりのお味噌汁、お漬物をいただきながら、スペイン語と鹿児島弁を交えて話すおばあさんに、移住当時のことなどを伺った。厳しい気候条件、文化のギャップ、言葉の違い、など多くの障害を乗り越えるには、私たちの想像ははるかに超える苦労があったのだろうと感じた。絶望的な状況の中で、それでも前へ前へと自分自身を奮い立たせていった、日系人の方々には、本当に頭がさがる思いがした。
特に、日系人の方々が、ドミニカ共和国の経済に及ぼした影響というのは、はかりしれないものがある。今回の南部移住地見学の最後に、日系人の方が経営する、有機栽培バナナ農園を訪れた。13人のハイチ人労働者とともに、4万本のバナナの木を、無農薬、無化学肥料で栽培し、ヨーロッパの先進国等に輸出しているそうだ。
特に、農業においては、日系人の存在・功績は、不可欠なもののようだ。
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