10/23/2005

Paso bajito

午前中、ハラバコアのサブゾーンで働く12エリアのテクニコ達につどってもらい、プロジェクトの説明、協力要請を行った。今まで1エリアの中の1コミュニティーに活動が限られていたが、今後は普及の対象となる普及員、生産者の数をふやしていきたい。そして、異なるエリア同士の情報交換も行いたい、このことから、まず12地域それぞれを訪問したい旨を伝えた。各エリアの地形条件、農業事情、生活状況を知り、また各普及員の働きぶりをチェックするにはとてもよい機会だ。

さっそく午後、パソバヒートというエリアのラ・ハグアという村を担当テクニコと一緒に回った。彼は前、アメリカの援助機関の有機農業プロジェクトに関わったこともあり、自身も現在大学の有機農業コースに通っているとてもモチベーションの高いテクニコだ。ラ・ハグアは標高1000m位、川をバイクで渡らなければいけないような、山に閉ざされた過疎化した地域である。農業以外生計を立てる手段がなく、細々とした生活を行っているが、山の斜面をうまく利用し、ブロッコリー、きゅうりなどの野菜を栽培している。物質的な豊かさはみられないが、澄んだ川、多様な樹木、家畜、、、村は天然資源に富んでいる。有機農業を通した、資源の有効利用、この点を強化していきたい。

10/22/2005

Arepa

ドミニカにきて、はまったお菓子コーナー①

アレパ

別名、トルタ・デ・マイス。トウモロコシの粉、牛乳、卵、などを混ぜて焼いた家庭風味のケーキ。塩味と砂糖味がある。外側はちょっと香ばしく、しかし中はしっとり。口に含んだとたん、トウモロコシの甘みが口に広がる。

日本でいうみそのように、ドミニカの家庭にはなくてはならないもの、これがうまく作れないと、嫁にいけないともいわれている。(らしい)中でもハラバコアにいく途中の、バジャカネスという村はアレパが名物である。道なりに、アレパを売る屋台がでて、まさに、アレパ街道。他のも売ればいいのに皆が皆アレパ売ってる。でも、店によって自慢があって、ココナッツのサクサクを入れたもの、シナモンを利かせたものなどなど、差別化もはかっているようだ。

10/21/2005

chottabi en Moca

モカ観光。ドミニカ共和国が舞台のホラー映画『Andrea』の舞台になった、大聖堂が目を惹くかわいい街。この地にはかつてヨーロッパ系の人々が入植していたため、肌が白い人が多い。モカーナ(モカ出身の女の子という意)はこの国では美人の代名詞、ブランドである。

今回初めてミサに参加した。時間にしたら30分位。パドレのありがたいお話をかしこみかしこみ聞いていた。当たり前だけど、教会に入る前と、立ち去る時、皆胸の前でお祈り(三角形を描くようなやつ)をしていたのに気付いた。これって、剣道の道場に入るときと去るときに礼するのと同じだな、なんてことを考えてしまった。

街自体、おちついていて、でもさりげない個性があって町歩きに楽しいところだ。それに、モカの人達はとてもしんせつ。おきにいりの雑貨やさんもみつけた。おばあさんがやってるなんでも屋。きちんと整理されてるんだけど、よく探すと掘り出しものがいっぱい。今日買ったのは、キャッサバやココナッツなどをすりおろす道具。表は普通のアルミなんだけど、裏を見たら、プレジデンテビールのマークが。なんと、ビールの栓を型抜く前の板を工場からもらってきて、すりおろし道具や箱などの雑貨に加工してるそう。なにげないんだけど、すごくかわいい。

10/20/2005

Nunca me diga

かなりショック。今日、朝いつものように、ハラバコアにいこうと、ラベガのグアグア乗り場にいった。そしたら、グアグアはもう今にもでようとしてるとこだった。普通グアグアは乗客でいっぱいになったらでるのだけど、私はハラバコアに一刻も早く行きたかったんで、『セニョール、soy flaquita(やせてる)から、乗せてよ』って言ったら、すかさず、『No!』と叫び、そのままグアグアはいってしまった。

置き去りにされたのももちろんショックだったけど、『やせてる』っていったのを否定されたような気がして、なんか後味が悪かった。

10/19/2005

partido de computadora

最近、パソコンといたちごっこしている。今使ってるパソコン、前からそうだったけど、キーボード認識機能がいかれてる。私が何か文字を打ち込もうとすると、パソコンは1やAなどの文字を自動的に打ってくる。あたかも、そばに幽霊がいて、いたずらしているかのように。私と彼女(もしくは彼)どっちが早く打てるか、の勝負。おかげでタイピングスピードはかなりきたえられた。でも油断してると、ワード文書一面全部1111111・・・ってかんじになる。日本語でやめろとかいっても効かないので、スペイン語や英語で吼えてみたが、意味なし。夜中に報告書やってるときとか、これはパソコンのせいなのか、幽霊のせいなのか、考えてどうしょもなくなるときがある。

10/18/2005

Reperente sostenible

今日は、他の地区担当の先輩が主婦グループを対象に自然農薬講習会をやるというので、参加させてもらった。材料はニン、タバコ、唐辛子、にんにく、酢、マリーゴールドなど身近に入手できるもの。大規模ではないけど、皆庭先に何かしらプラタノやら花やらが植わっているので、手軽にできる病虫害対策として受け入れやすいのでは。

特にニン(インドセンダン、日本ではニームという)は、街路樹を見渡せば見つかるありふれたものなのに、その効用は幅広く、害虫を寄せ付けなくする効果があるとともに、人間の美容と健康にも効果がある。

これで思いついたのが、『ニンを使った廃油せっけんづくり』の普及。古くなったフライ油や機械油を使って、ニンの実、もしくは葉を細かく砕いたものを混ぜてせっけんを作る。

まず、今まで垂れ流しだった廃油をリサイクルできるということ、そしてニンの美容効果、つまり肌をすべすべに保つことができること、またニンの防虫効果、蚊などの虫を避けることができること、またそのせっけんを売ることができたら、所得向上にもつながる、などいろんな可能性が考えられる。

10/17/2005

Mala suerte

ドミニカにきてから、機械運がない。パソコンは液晶が壊れて使えなくなってしまったし、最近、デジカメも電源はつくんだけど、一瞬で消えるようになり、故障。そして、携帯電話もすぐ電源が落ちるし、電話を閉じていると、人から電話がかかってきたときにとることができない。日々の管理は気をつけているつもりだし、特段落としたりしたわけでもない。この国特有で、充電時に停電によく遭遇するので、そのせいで壊れるとも考えられるが、それにしても、私ことごとく攻撃されている。

別になくても死ぬわけじゃないけど、たとえ途上国で生活してるといっても、日々の仕事のレポートを書いたり、データを記録・保存したり、この仕事が滞るとけっこう困ることが多い。アーイサンティッシモ。

10/16/2005

okayu

昨夜のカンペーがたたって、結局昨日のうちにはラベガに帰れず、ボナオの事務所で一夜を過ごした。朝起きて、のそのそと円卓の部屋にいったら、台湾のニュースが台湾の宇宙飛行士の様子を伝えていた。朝から、とても元気なアナウンサーだ。

テレビに気を取られている間に、朝ごはんが用意されていた。ふわふわおかゆと付け合せのメンマ、薬味、そして、台湾風玉子焼き。ただただ感動するばかりだった。ほっとする朝食とはこういうものだった、忘れかけていた暖かいものを思い出した気がした。そして何よりも、いやな顔ひとつせずに、「ここは、もうあなたの家なんだから、ゆっくりしなさいよ」と家族のように接してくれた台湾の人々の心遣いがとても嬉しかった。

10/15/2005

Vecinos en Bonao

夕方、思いつき的に、郷愁を誘う田園地帯、ボナオを訪れた。台湾ミッションのおじさんに純粋にただあいさつをしようと思い、事務所をたずねた。そしたらどこからともなく餃子のにおいが。。。そこでは、新しいミッションの人を歓迎する宴会がすでに始まっていた。私たちもおじさんたちの好意とまばゆく光る台湾料理を前に帰るに帰れず、竹でできた円卓を囲んで乾杯(カンペー)スタート。

『乾杯』-このフレーズは日本人はなにげなく用いるが、台湾では、乾杯は、杯を乾すこと、つまりグラスを空にする、ということを指す。最初はビールで乾杯していたのだが、しまいには、米酒まででてきて、半ばなみだ目に。台湾の人、強いの何の。ただものじゃない。そういえばご近所さん、宮古の島んちゅも強かったっけ。。。

これだけでは終わらない。台湾人VS日本人カラオケ大会が始まった。それぞれ、故郷への思い、恋情、さまざまな思いで熱唱した。ちなみに私は、津軽海峡冬景色。大会は妙な盛り上がりを見せ、幕を閉じた。

10/14/2005

he--------!

最近、『Muy interesante』という雑誌(メキシコ産)がお気に入りだ。日本語訳すると、「超興味深い!」。情報誌の部類に入ると思うのだが、知っててもそうでなくてもあまり困らないような内容、でも知ってるとちょっと自己満足的な優越感に浸れるテーマを扱っている。たとえば、〈近未来潜水艦旅行大解剖!〉、〈目には目を~古今東西復讐の歴史~〉、〈蚊にまつわるオカルト〉などの特集あり、また、〈世の男性は一生のうちでたった8.4mのひげをそるのに3,350時間も費やしている〉とか〈一人の女性が産めるのは25人まで〉などの小話ももりだくさん。そして見逃せないのが付録!ポスタになってる。ちなみに表が大気の生成の様子について、裏が、海底から宇宙までのビジュアル解説。

10/13/2005

Despedida

今日は少し肌寒く、デスペディーダ日和。皆を起こす係になっていたので、ほとんど寝ずに、朝五時に出発、六時前に空港着。

今日は先輩隊員がとうとう帰国してしまうので、プロジェクトの皆で見送りに来た。今まで時には先生のように、時にはお兄ちゃんのように、いろんなことを教えてもらった。なんだか、とてもさみしいなー。

一旦市街に戻り、事務所などで用事を済ませ、また10時位に、皆何かに取り付かれたかのように空港へ。今度は、二人のカウンターパート達を見送りに。彼らはこれから日本とパナマでの村落開発研修に参加する。特に私の相方は外国初めて、飛行機初めて。さぞかし、おもしろい旅に違いない。『はじめてのおつかい』てなかんじにビデオで追ってみたい。40年くらい自分の生まれ育ったところにずっといて、初めて家族と離れて外で暮らすってどんなかんじなんだろう。ホームシックにかかってないといいけど。日本にいったら、豚骨ラーメンとと芋焼酎は絶対トライしろ、ときつくいっておいたし、きっと

食いしん坊な相方は食べ物で紛らわせていることでしょう。。。。

10/12/2005

Hatillo

いつもはリモナルという地域で普及活動をしているのだけど、きょうは他の普及員(Nとする)の誘いもあり、ハラバコアの中の一地域、アティージョという地区を訪れた。

標高が1000m位、見渡す限り牧場が広がる、眺めのとても綺麗な地域。

しかし、昨日の土砂降りで道はかなり凹凸がはげしく、でもそれにも関わらず、Nはとばすんで、何回も吹き飛ばされそうになった。

やっとのことで、集会所についたら、もう会合が始まっていた。今日は、地域にある各グループのリーダー達が集まる会議が行われていた。

彼らは彼らで話をしていたのに、Nは遅れたことを詫びもせずに、割りいって、自分の話をしだした。そしたら、いつのまにかNと議長は険悪な雰囲気に。

Nは『クリスマス作戦(クリスマスに備えて各家庭で野菜を育てようプロジェクト)』を推し進めようとしているが、会議のメンバーはそれに反発。そのプロジェクト自体はよいものだが、今の地域の人々には、道を直したり、植林をしたりするほうが重要だし、伝統作物(キャッサバ、サツマイモ、とうもろこし、プラタノ)に依存する現存の農業では早期実施は不可能。そもそも、Nの言い方が直接的であったし、態度が上から下に何かを押し付けるようだったので、地域の人たちの反発も無理もない。結局なんとか丸く収まったのだが、Nの先行きが思いやられた。

私のほうは、アティージョの様々な住民組織(農家グループ、女性グループなど)と知り合うことができたので、とても有益だった。中でも「今うちでうさぎとヤギ飼ってるんだけど、うんちをどうしたらいいかこまっててねー」という農家さんに会えたので、来週そこのグループで堆肥づくりをやってみようってことになった。

10/11/2005

Cine

今日、ドミニカ共和国の税収入の8%を占めるといわれるレオン財団が運営するセントロレオンで、映画会があった。今回は『Pineiro』、アメリカに移住したプエルトリコ人の父母に生まれた一人の詩人の壮絶な人生の記憶をジャズ、サルサなどの小洒落た音楽と、映像美でつづる。ナショナルアイデンティティーの喪失、幼少時からの父による虐待経験、貧 困、持病の腎臓病、それらを意識から抹消するための、薬物の常用。。。様々な痛みが彼を襲う。しかしその中でも、彼は詩を書き続けた。おそらく彼の中では、詩を書く、この行為自体が生きている証、生きている意味なのだろう。『自分の人生を一生懸命いきろ』そんなメッセージが聞こえてくるように感じた。

10/10/2005

Curso de Japones

最近、毎週夕方個人的にドミニカ人に日本語を教えている。9年前に日本語を勉強したことがある人で空手や剣道などもたしなんでいる。もう基本はできてるので、ある時は日本の地方ネタについて、あるときは結婚制度についてなど、様々なテーマを扱っている。今日はちなみに、『好き』と『嫌い』の程度について話した。たとえば、大好き、とても好き、好き、まあまあ好き、すきでも嫌いでもない、あまり好きではない、嫌い、大嫌い、など場合によってどう表現するのか、を練習してみた。例にだした時にしまったなーと思ったんだけど、すきでも嫌いでもない、という表現、ドミニカ人にはわかりにくかったかも。日本人はあいまいな表現がすきだから使うけど、ドミニカ人には通用しない。一応例文を作ってもらったら「バチャータ(ギターを基調としたゆっくりめの音楽)は好きでも嫌いでもない」との答え。理由を聞いたら「バチャータは自分ではあえてかけるほど好きではないが、かかってても別にいやな気にならないから」とのこと。まあまあ、ちゃんと使えるようになっているようで、ほっとした。

10/09/2005

preocupada

実はいつも一緒に仕事してる相方が16日から日本・パナマでの参加型村落開発研修に参加することになり、今は業務の調整や引継ぎなどで、てんやわんやになっている。

普段村を巡回するときはバイク二人乗りで一緒に行動していたので、来週から2ヶ月間相方なしで一人で活動しなければならない、となるととても心細い。彼は時にしゃべりすぎで困ってしまうこともあるけど、野望も高く、人をひっぱる力もあるので、日本の研修でぜひパワーアップしてきてほしいなと思う。

今まで、活動を行う上で、計画していたことが思い通りに行かないことが多くて、相方なしで一人でやったほうが、やりやすいっ!て思った時期もあったけど、農村の人たちを惹き付ける力だったり、農業事情も含めた地元情報を持っていたり、と彼に頼ることがかなり多かったように思う。

一人でやっていけるんだろうか、まあひとまずはがんばろう。

10/08/2005

Playa en desastre

朝から、「サイクロンでもきてるのか?」と思うようなすごい雨。海はもちろん大荒れ。だけど、せっかくビーチリゾートにきてるんだから海に入らなきゃってことで、人間サーフィン状態で浅瀬を泳いだ。水温は暖かったが、波は容赦なく迫り、呑まれるか、否かのところで心地よいスリルを楽しんだ。

結局「今日は危険だから入っちゃだめよ」という注意があって、海からは退散したのだけど、なにせ雨だから楽しめるアクティビティがほとんど実行不可能な状態。海岸付近のリゾートはビーチがあるのが当たり前と思ってるけど、雨や天候不良でビーチが使えない場合のお客さんの楽しませ方を心得ていないのはとっても残念。でも、また晴れてるときにもう一度こようっと。

10/07/2005

Resort en RD

ドミニカにきてから、大西洋に初接触。ドミニカ北部のソスアのリゾートで週末を過ごした。オールインクルーシブで、3食のブッフェ、フリードリンク、各種アクティビティなどが楽しめる。今日は、ビーチを散歩したり、ひなたぼっこしたり、卓球やったりとのんびりした。

ホテルは長期滞在を楽しむ欧米人達でにぎわっていた。英語、フランス語、ドイツ語などが飛び交い、ここにいるとドミニカにいるってことを忘れそう。食事も外国人が抵抗なく食べれるおいしくて目にも綺麗なものばかり。プラタノ、ユッカ、アビチュエラなどドミニカを代表する食べ物は皆無。

ホテルで全部済んでしまうシステムなので、町にあえて出る必要がない。現にビーチで知り合ったイギリスの未亡人のおばさんたちは14日間滞在していて、ほかの都市には全然でていないそう。

別にホテルでの滞在スタイルを否定する気はないけど、せっかくドミニカにきたのに、グアグアに乗り合わせた客同士に生まれる妙な連帯感とか、よく知らないのにも関わらず、道を聞いたら最大限に協力してくれる町の人の温かさとか、そういった、ラフでアットホームなドミニカを体験するきっかけがないのはもったいないなあ、と思ってしまう。

10/06/2005

Por nada

今日はなんだか空回りな1日だった。今日は、地域の診療所と村役場を尋ねて地域の情報収集をしなければならなかったのに、朝から相方は事務所の用事で首都にいってしまい、私一人でいくはめに。

最初は、村役場の社会担当の人を訪ねた。前行った時金曜の朝に来いっていわれたのに、担当の人は外に出てておらず。帰ってきたら連絡してよって受付のお姉ちゃんにいったんだけど、結局連絡なし。

診療所のほうも、ドクターには、金曜の朝おいでっていわれたのに、いざいってみると、診療所はしまっており、「少年自然の家で会合に参加してます」との張り紙が。ええっ!と思ったけど、このまま帰るのもなんなので、会合の場所(けっこう離れてる)にいってみた。でも、もうそのときにはもう会合は終わっててドクターは帰ってしまった、とのこと。

せっかくはるばる遠いところにきたのに!

結局なにしにきたんだろ、今日は。昼から合流するはずだった相方は、来なかったし。

10/05/2005

calle de belleza

最近、いろんな人に、『Chicha(贅肉)ついたな』っていわれる。ここは熱いし汗もまあまあかくので、自分としてはちょっとやせた気になってたんだけど、写真で比べると一目瞭然。一日に食べる量はそんなに変化してないけど、こっちでは、ほとんどが肉とごはん、プラタノ、ユッカ、とかとにかくお腹をいっぱいにさせるのが、先決な献立ばかり。ほとんど運動も重労働もしないし。なるべく夕食は軽めにする(しばらくPicapollo断ちするとか)とか、野菜を積極的にとるようにするとか、ちょっと二の腕体操を日課にしてみたりとかしているけど、スレンダーなボディーを手に入れるには長い道のりのよう。日に日にたくましくなる自分に泣けてきます。痩せそうなお茶が手に入ったら、それも飲みたいなと思ってるところ。もうGordaなんていわせない!

10/04/2005

Centro de madres

今日は、午前中、ハラバコアの農務省オフィスにいって、地域の普及員達と打ち合わせした後、ピエドラブランカとカトルセという地区の主婦グループの会合に参加した。ピエドラブランカのほうは、村出身の大卒の若い女性(ハラバコアのインターナショナルスクールで教えてる。)がリーダーになって活動してるんだけど、彼女人を惹きつけるのがすごくうまい。メンバー同士の議論が活発に行われてたのにはびっくり。村をよくしようっていうやる気もあって、来週さっそく、生ごみ堆肥の講習会をやろうということになり、楽しみ。

カトルセのほうは、一応主婦グループなんだけど、まとめ役は村役場の男性。だからこそ、まとまりがよいのかもしれない。ここでおもしろかったのが、資金集めの方法。最初はみんなから5ペソづつ集めて番号が書かれた紙を配って何をしてるんだろうって思ったら、なんと、くじだった!一口5ペソ。みんなに紙が配られた後、リーダーが番号を読み上げ、該当番号の人は、お皿、コップなどの各種景品があたる。それも一人とかじゃなく、かなりの確率であたる(私には当たらなかったけど)。みんなこのくじを毎週楽しみにしてるらしく、これが会議参加率の高さを維持し、かつ資金を少しづつ確実に集めるのに寄与している、と思うと、あながち過小評価できないかもと思う。

10/03/2005

Soy Vegana

ドミニカにきて早くも6ヶ月が経とうとしている。2年の任期のもう4分の1が過ぎてしまった。スペイン語と慣れない仕事に苦労しながらも、なんとかやってきた。最初の頃は、道で「チーナ、チーナ」といわれるのがイヤで、外に出るのも億劫だったのに、今では、ラベガを開拓すべく歩き回っている。PicaPollo(フライドチキン)食べ歩きマップも現在作成中。Piroposと呼ばれる野次も、「そんなに私に関心を払ってくれるなんて、ありがたいことだ」と感慨深いものになった。由緒正しきカーニバルの町、ラベガを最近けっこう好きになりつつある。

10/02/2005

Desarrollo comunitario

今日は、主婦グループや隣人組織など、担当地域のコミュニティーをいくつか訪問した。調べてみたらNGOとまではいかないものの、地域開発を自分達の手で行う意図を持ったグループってのがけっこうあって驚いた。

うちのプロジェクトは農家での有機農業普及を目的に始まったが、農業は極めて公共性が強いものだし、農家だけでなく地域全体を巻き込んで生活改善、環境保全活動をすることができたら、もっとこのプロジェクトは村にとって意味を持つものになると思う。たとえプロジェクトでいう『成果』という指標では計れなくても。

9月にも一回やったけど、家庭で簡単に実践できる有機農業入門!ということで、ごみの分け方&生ごみ堆肥の講習会、小学校での学校菜園づくり、野菜を使ったお菓子作りなど、地域のグループと協力して、やっていこうとたくらみ中

10/01/2005

musica atractiva

ドミニカに来て、いろんな音楽を聴くようになった。以前はかなり偏ってた。ソウル、ヒップホップ、R&B、俗にいうブラックミュージックばっかり。

こっちにきて、気候・文化の違いがそうさせるのか、サルサ、メレンゲ、バチャータ、ソン、ジャズ、ボサノバ、レゲトン、レゲエ、ラテンポップ。。。。こっちで買ったCDやラジオできいて、「これ!」って思う曲のジャンルが幅広いのには自分でもびっくり。

この国はほんと、『No music No life』って言葉がぴったりはまる。グアグア(各町を移動するワンボックスタイプのバス)はいつも窓全開で風を切りながら、耳が張り裂けそうなほどのボリュームで走ってるし、街を歩けば、どこからともなく音楽が聞こえて即席ディスコテカ(ディスコ)状態。お金持ちでも貧乏でも音楽が人生のかけがえのない一部、それがドミニカンスタイルなのだ。