3/30/2006

Quimico sano


夕方、ハラバコアの展示圃場で、自然農薬散布試験を始めようとしていた。何も散布しない区、自然農薬(ハーブ液)散布区、農薬(殺虫剤)散布区を設けて病害虫発生の比較をする。

まず、人夫さん(こっちの生産者は小規模でも人を雇って農業をやる人が多い。)に、図を使って試験の説明をし、準備にとりかかった。

私は彼が農薬を薄めて、散布液を作る一とおりの光景をみていた、もうぐだぐだだ。服装もTシャツ・短パンにサンダルだし、希釈も適当だし、水と液をよく混ぜないし、使い終わった容器そこあたりに投げておくし。結局、いちいち手・口を出しつつ、散布液は出来上がった。

でも、なかなか、私の思惑は伝わらない。農薬区なのに、自然農薬まいちゃったり、場所間違えたり。スペイン語の問題か。段取りの問題か。もっと、理解しやすいように、工夫しなきゃならないなあ、と反省。

結局、あとちょっと、というところで、どしゃぶりの雨が降ってきた。せっかく、まいた農薬、自然農薬が流れ落ちてしまう。。。。。。。ここんとこ毎日、午後の何時間かは雨が降る。病気、虫はどんどんやってくるけど、雨のせいで、散布のタイミングがつかめない。どうしたらいいものか。

3/29/2006

Religiosa


よく、「外国人とは宗教と政治の話はするな」といわれてるけど、実際に宗教の話などはしてみると、かなり興味深い。今日、職場の人(カトリック)と宗教の話をしていて、神道と仏教はどう違うんだ、とか、どっちが重要なんだ、とかそういう話になった。

そもそも、日本の一般庶民にとっての神道、仏教をこっちでいう宗教と同じものとして論じてしまうのは無理がある。だから、「神道や仏教は、もはや宗教としてではなくて、考え方、習慣、文化として存在してるんだと私は思う」って答えた。

驚いたのはそれを受けての反応。普通なら「じゃあ、宗教としては何を信じてるんだ?」っていわれそうだけど、この人は、なんと「いい世の中だ!」と。曰く、ここでいう宗教は、言葉や文章で神の教えが唱えられているだけで、実態がない。日本は、それが形は変われど習慣として、人々の行動として実現されているのが、すごい!・・・・のだそうだ。

なるほど、そんな考え方もあるのか。

この国の約9割はカトリックといわれているけど、実際、キリスト教もエバンへリコ、アドベンティスタ‥等いろいろな宗派が存在し、少数ながらも創価学会、ヒンドゥー教、サイババ教(プロジェクトサイトに協会がある)などの信者もおり、また外部からの人々も多く入ってきている関係で宗教観の多様化もけっこう見られる。そういえば、別な日には、無神論者の人にもあった。

これはなかなかおもしろい発見。

3/28/2006

sobreviviendo

この調子の悪さは、お酒のせい、と思ってたけど実はそうでもなさそう。下痢、嘔吐、頭痛、悪寒、などが今の症状。風邪でもなさそう。もう一年もたつので疲れがたまってるのかも。

しかも、ここんとこ家の水道設備が壊れていて、水がない。ちょろちょろでる瞬間に水をためたり、雨水をバケツにためたり、買ってる飲料水をもったいぶりながら使ったりしてるけど、この状況も今の具合悪さの原因かも。本当、早く直してほしい。

今日は一日中雨で、ハラバコアの村からラベガに帰ってくる途中に結構ぬれてしまったので、家に帰って早速暖かい格好をした。

3/27/2006

dejame vomitar

かなり調子が悪かったが、「酒はどんなに飲んでもいいが、次の日に仕事に出てこない奴は最悪だ」という酒好きの恩師の言葉が頭をかすめ、何事もなかったかのような顔で出勤。

今日は朝からハラバコアの農家や普及員と約束をしていたが、幸か不幸か、降り注ぐ雨のため、ラベガから身動きがとれず。事務所で安静に過ごすことができた。

今日、学んだこと、「平日のアルコールは一杯までにしておく」ということ。

3/26/2006

Beberona


「今日はもう、飲むしかない!!!月曜がなんだ!!」ということで中華へ。

 おいしい中華とともにプレジデンテビール、ラムコーク(濃度高め)などをかなり早いペースで空ける。私、日本ではお酒結構強かったんだけど、ドミニカ生活ではそんなに飲んでないせいか、回りが速くって早くって。意識はあったけど、かなり楽しい気分で帰宅。帰宅後は、実家やら妹やらにやたらと電話をかけ、そうしたらプリペイドカードがなくなって終了。しょうがないので、そのまま楽しい気分で就寝。

 悪夢はその三時間後に訪れた。目が覚めた、その瞬間トイレにダッシュ!激しい嘔吐と下痢に悩まされ、一時間半位その場で過ごした。本当に死ぬかと思った、そんなひと時だった。

3/25/2006

quiero quiero quiero

日本に帰ったら、(というかむしろ今)食べたい、飲みたいもの!

〈お菓子系〉

米菓各種(新潟産であること)、抹茶、胡麻等和の食材をふんだんに用いたスイ―ツ、雪見だいふく、駄菓子、ぽっぽやき(新潟名物)

〈家庭料理系〉

新潟コシヒカリのおにぎり、レンコンとこんにゃくの煮物、豚の角煮、おでん、雑煮(根菜たっぷり)、のっぺ(新潟料理)、豆腐料理、鴨炊き込みご飯、銀むつ、鮎、ほっけ、サンマ等の焼き魚、新鮮な魚介類の刺身、ごぼう料理、海草類

〈外食系〉

豚骨ラーメン(きくらげ、ゴマ、紅生姜たっぷり)、タイ料理、焼き鳥

〈果物〉

梨、枇杷、杏

〈飲み物〉

カルピス、ダイエット茶(下剤入ってない奴)、桜、紫蘇のリキュール

3/24/2006

Por lluvia

最近、少しずつ雨季めいてきた。今まで乾季といっても、3週間に一回位は雨が降ってたのだけど、これからは、雨に行動がかなり左右される季節になる。

「雨」は村での活動のキーワードといえるかも。

水資源のない、山村にとって、雨は待ちわびた神からの贈り物であるし、それは作物にとってはもちろんである。雨が降ると自然界は活気付く。

ただ人間界の活動は・・・?雨季のこの時期、「雨」は、あらゆる人間の不実行に対する言い訳として、機能するケースが多い。例1)生産者が会議に参加しない(例2)約束してた講習会でもいかない(例3)社長出勤並みに仕事に遅れてくる・・・・・等等。理由は、「だって雨ふってるんだもん」。いつから、自然崇拝になったんだろう。これからの時期、決まり文句は「si dios quiere(神様が望むなら)」ではなく、「si lluvia quiere(雨が望むなら)」にしたほうがいいんじゃない?

もちろん、「雨」は自然のなせるものなので、しょうがないこともあるし、それに逆らって仕事をしても結局うまくいかないことも多いんだけどね。

でも、せっかく乗ってるところで、出鼻をくじかれたり、雨で、村に行けないことに慣れてしまうと、仕事に対するやる気も失ってしまう。「雨」のせいで約束を破るのもすごく嫌だし。

現地の人たちのように「晴耕雨読」、流れにまかせるのがいいのか、逆らって活動を推し進めるほうがいいのか、ケースによって判断したほうがいいのかも、と今は思う。もっとも後者のケースが多くなりそうだけど。

3/23/2006

preocupada


ここ何ヶ月か、農家グループメンバー、マテオさんの調子が悪いので、見舞いにいった。巡回にいくといつも小屋などを作っていたり、家畜の世話をしていたりと働き者だった。きっと働きすぎだったのかもしれない。倒れて医者に見てもらったら、喉に腫瘍が見つかったようだ。親戚一同が援助をして首都で手術を受けたり、薬を処方してもらったが、一向によくなる気配がなく、もう家のお金も底をついた。

家族の人たちは極めて明るく振舞ってるけど、大学生のマイラと後で話したとき、彼女は泣いていた。勉強を続けたいのに、学費が払えず、大学からは退学勧告がでている、とのこと。何も言えなかった。本当に困っている人に、自分は何がしてあげられるのか。役に立たない自分を申し訳なく思った。

村で活動していると、こういうケースにあまりにも多く出くわす。勉強する意欲はあるのに、お金を払うことができない。また、両親を気遣ってあきらめてしまうケースも。これが小規模農家の家庭の現実なのかもしれない。一見、衣食住には困らない生活をしているように見えても、実態はその日ぐらしにほかならない。

この国の人達は、食べるものにあまり困ることはないが、教育・医療など将来予想される事柄に対して、ほとんど備えがしたくてもできないという状況が大きな問題としてあるのだと思う。

3/22/2006

Mofongo de camaron


ドミニカにいると、「ヘルシーな食事」に対する感覚が麻痺してくる気がする。

日本にいたときなんて、何があっても絶対食べなかったカップラーメン、今じゃ私の中で、「一番お腹に優しい外食」として位置づけられている。

そういえば、前住んでた家のフアナおばさんも、私が体調崩して休んでたとき「スープはお腹にいいから、食べなさい」って、キャッサバ、プラタノ、鶏ががっつり入ったこってりスープを作ってくれたっけ。スープだと、なんとなくヘルシーにかんじてしまうけど、カロリーかなり高いはず。もうドミ食に慣れてしまった自分は後戻りできるのか・・・。

確かにドミ食、おいしくて大好きだ。でも高カロリー、濃い味付けのドミ食に慣れてしまう、ということはドミニカ人が抱えているヘルスリスクを抱えてしまうってこと・・・?と考えると時々怖くなる。野菜はなるべくとるようにしないと。ちなみに今日の晩御飯は昨日もらったピーマンと卵の炒めもの。

しかし、その一時間後、「これから中華いかない?」と誘いが。そのときすでに夜九時半。

中華って具材はヘルシーだけど、実は脂っこい料理が多くて、カロリーが気になるところ。でも結局、マーボー豆腐、魚介類の煮込み、鶏コーンスープ、ごはんなんかを食べてしまった。コーラやビールとともに。

楽しいひと時だったけど、こんな生活を続けてたら、日本に帰るころには牛だな。

3/21/2006

Organicamente

今日は、ハラバコアのパソバヒートという山間地にあるビニールハウス農家巡回をした。ラベガなどの平地よりは、川、山に閉ざされた村落の方がかえって野菜栽培が盛んだったりする。農業の他に生計を得る手段がないのと、コンスタンサ街道の途中で野菜販売ルートを得やすいことから、農業・とりわけ野菜栽培にかける情熱はかなり強いよう。山の急斜面に器用にブロッコリー、レタス、ハヤトウリなどを作ってる。

この地域は小規模農家でもビニールハウスを使って野菜栽培をしているところが少なくない。今の時期はピーマンを栽培している農家が多い。ベッドの土を砂OR灰にしているのと自然農薬(ニーム)で、病害虫の被害はほとんどないそう。見るからにおいしそうだったので、ちゃっかりもらってきてしまった。

それにしても、遠かったー。道中崖だったし。

3/20/2006

Pelota Mundial


世界の野球大国、ここドミニカ共和国では、日本が一番アツい! ほぼ全国民が注目してるね。朝オフィスにいくと、いろんな人から「Felicidades!(おめでとう)」とハグ。野球の世界大会での日本の勝利、この話題で持ちきりだ。

今まで「チーナ、チーナ」と呼んでた人たちにまで、私が「ハポネサ(日本人)」だって、いったら、「ワオゥ!チャンピオーン」といわれるし。

ドミニカがキューバに勝って日本と対戦できたらもっとよかったんだけど。まあ、ドミニカもがんばった!これで少しはドミニカにおける日本の知名度もあがったかしら。

3/19/2006

dios mio !

最近の活動上の悩みの一つ。仕事の範囲があまりにも広いこと。今、一応私が課せられている仕事が、①担当地域農家グループでの有機農業普及、②自然農薬効果試験&商品開発、③もう少ししたら始まる大学・高校等での有機農業研修。それに市場開発・販売活動なども絡んでくる。この①普及②試験③授業って、各々の野菜隊員がやる仕事のスタイルを一通り並べましたってかんじ。普通はどれか一個をじっくりやるべきなのに。

まあ、それはしょうがないとしても、最近力を入れている①普及の中でもかなり範囲が広くなってしまったってのがまた問題。もともとは、リモナルという小さいエリアの農家10人しか対象にしてなかったんだけど、隣村落にもう一つグループを作ったり、女性グループを巻き込んだり、近頃では他のエリア(場所によってはハラバコア事務所からさらに一時間半位奥)の普及員と協力して遠いエリアもカバーするようになった。いろんな土地・人に会えばどんどんやりたいことがでてくるのはしょうがないけど、一つ一つの地域がまた遠く山間地なこともあり、時間的、体力的キャパシティー結構限界。一つのところにいくと他のところがおろそかになる。あるところを一生懸命やると、普遍性がなくなる。面だけ広げて結局は何も残らなかった~、ってことにもなりかねない。そんなのは嫌。

最近、動いてる割には何も手ごたえがないことに苛立ちを感じるときがあるし、時間配分の下手な自分にも嫌気がさしたり。早くこのもやもやを打開したい!!

3/18/2006

que alegre


今日は、以前協力隊としてドミニカで活動され、ドミニカ人の彼と結婚した方のお宅を訪れた。玄関を開けたとたん、お人形さんが飛び出した。4歳と、六ヶ月の二人の女の子がいて、もうほんとかわいい!上の子はお話好き、お歌好き、とかなり元気。まだまだ言葉はたどたどしいけど、子供って時々、すごいことをいったりする。大人にはない独特の世界があるみたい。お話してると、ついつい引き込まれそうになる。一緒にお絵かきして、お母さん、お父さん、お姉ちゃん、妹、弟の5人家族の絵を描いた。こんなふうにしてると、子供ほしいな~と思ってしまう。

3/17/2006

campo frio


今回のミステリーは、ドミニカで一番標高の高い高原の町、コンスタンサから。コンスタンサは、冷涼な気候から野菜栽培がとても盛んだ。こここそ、野菜隊員が派遣されるべきだ。たぶんドミニカ国内で出回ってる野菜の八割位はコンスタンサ産だろう。見渡す限り、玉ねぎ、カリフラワー、にんじんなどで大地が埋め尽くされている。ゆるやかな山々が重なりあう、その風景は、日本の山村のよう。ドミニカにいるのになぜか「和」を感じてしまう空間である。

 最初に現地ミステリーハンター、フレッサ千里さんのお宅を訪問。スラム街の中、ということを感じさせないほど、とても居心地のよい、お宅である。山に登る!といいながら話に花が咲き、結局歩きだしたのは、夕方五時半頃。

コンスタンサにはドミニカ最大の日本人入植地がある関係で、日本人の墓地に案内してもらった。コンスタンサで見渡す限りの野菜畑を拝むことができるのも、今までの日系人の方々の苦労、功績によるところが大きい。

山を歩いて馬のつぶらな瞳に癒されたり、選挙カーの演説ソング(大音量)にあきれたり、サンドイッチを頼んだのに鶏ステーキがでてきたり、キューバにドミニカが負けて悔しい思いをしたり、いろんなことがあった一日だった。

3/16/2006

Mi companero


うちの相方は、情報通だ。いつも私にいろんな情報を提供してくれる。彼は一見プーさんみたいで、のほほんとしているけど、実に物事を冷静に観察、分析している。この国の農村における政治腐敗の問題について、人々の犯罪心理等について、等活動以外にこの国の深い部分を知るのに非常に役に立っている。

豆知識的なこともしかりである。あるときは、チワワの空気清浄効果について。あるときは、アメーバ赤痢予防のための猫行動観察の重要性について。(曰く、猫は唯一アメーバ赤痢にかからない動物らしい)万が一なってしまった時にとる、カボチャ薬について。などなど、博識ぶりが伺える。

たまに、聞かないほうが心休まる情報もある。例えば、誰が政治工作で入ってきた、とか、よくいく食堂のお姉ちゃんが彼の所属先のトップの愛人で、なぜか「1等普及員」のカテゴリーで給料をもらっている、とか身近な人たちが登場人物なだけに、次にどんな顔して会えばいいの、と考えてしまうときがある。

まあ、そんなこんなで、彼と働くのはとても楽しい。農業についてももっと情報通だといいのだけど。

3/15/2006

Sonido del Yaque


今日は、疲れすぎた一日だった。昼ごはんも食べそびれたし。

朝はハラバコアでのエコツーリズム農園訪問、午後はカブ―ジャでの輸出農家グループの訪問。その後も事務所で書類作成なんかをして、帰宅したのは、夜10時半くらい。。もう即寝。

朝はハラバコアの山奥にある、村落(家庭数30弱)を訪問した。ひたすら足場の悪い急な山道を登り、板がところどころにしかなく、しかも左に傾きぎみなつり橋を死にそうになりながら渡ってやっとたどりついた。眼下に清流を臨む眺めの素敵なところである。

ここは、住民自身がエコツーリズムを運営していて、清流の流れる村落の中に、レストラン、茅葺のコテージ、などがある。宿泊のみならず、女性グループによる焼き物体験、農業体験、ダンス教室、ホームステイ、などを楽しむことができる。全て村落の中でまかなっているのが特徴的。電気も激流を利用した水力発電を取り入れており、常に電気は確保できているそうだ。各家庭電気代として一月300円弱払っているとのこと。

近々あるイースターには、外国人やドミニカ人で予約がいっぱいだそう。村落内での結びつきがあまり強くないドミニカで、これだけ運営がうまくいっているのはめずらしい。もっとも、他の地域と離れてるからこそうまくいくのかもしれない。

ただ、エコツーリズムに農業を取り入れている割には、トマトの被害が大きすぎ。農薬使ってるにも関わらずモスカブランカが葉の裏にびっしりついてて、実はついてるけど、葉は枯れてしまって目も当てられない。オレガノを育ててるので、ハーブ液でなんとかできないかしら。農業に関しては課題大有りだけど、ぜひエールを送りたい、がんばってる村落でした。

3/14/2006

Chivitos


今日はお昼を2食も食べてしまった。

一食目は、最近新しく作った農家グループのリーダ、やんごとなきキコさんのお宅で。モロデグアンドゥーレス(グリンピース風豆炊き込みご飯)と鶏煮込み。村でいただく鶏料理は自家生産なので、新鮮でジューシー。どんなお店よりも美味である。

二食目は、最初に作った農家グループリーダ、ほぼ私の第二の父、ポルフィリオさんのお宅で。三時位にいったのに、チーボ(ヤギ)煮込みがでてきた。ちょうど、親戚がきてたんで、ご馳走にちょうどめぐり合うことができた。でも、もうお腹いっぱいだしっていっても、「別腹だろ」って、お皿にどかんと盛られた。この国にも別バラなんて概念があるのか。

ここのヤギは臭みがなくて、美味しい。日本では、臭いなーってイメージが強かったけど、こっちは酸味の強いオレンジで臭みをとってから煮込むらしく、さっぱりしている。

こう書くと、農家にご飯食べにばっかりいってるみたいけど、ほんと偶然なのだ。それに、農家で、ごはんを断るのは至難の業である。お昼の時間をずらしていっても、意外と何か食べてることあるし。それに、せっかくの美味しいものにめぐり合う機会を逃してしまうのはもったいないよね。

3/13/2006

que triste!

今日は、一年お世話になった職場の先輩隊員が帰国するので、空港まで見送りにいった。

前日まで任地にいたのであまり実感が沸かなかったけど、いざ見送ってみて、凄く寂しくなってしまった。いかに、先輩に頼ってたか、ということも感じたし。これからは、古株として、もっとしっかりしなきゃ。帰国記念に作った、ジュカ(キャッサバ)のTシャツを部屋に飾って喝を入れる毎日です。

3/12/2006

Mi barrio


最近、首都にいくといつも中華街にいく。といってもそんな横浜とかニューヨークみたいにタイソウなものではなく、中華料理屋や雑貨やがちらほらある程度だ。中華街を練り歩き、焼き豚→ラーメンのはしご→肉まんのテイクアウト→中華雑貨屋で食材調達が基本ルート。小さいながら、とても夢広がる空間である。

しかし、最近それが一部のアジア系の人たちの楽しみだけではなくなろうとしている。現在のレオネル大統領が、『Ahora y Aqui, Barrio China(今、ここで!中華街)』と訳のわからないスローガンを立てて、中華街を本格的に整備しようとしており、立派な門をただ今建設中。ドミニカ共和国は、アメリカ行きへの主要な通り道になっていることもあり、最近中国系の人々の人口増加が著しい。レオネルはその恩恵、中華票に目をつけたのだろう。

普段、任地で「チーナ、チーナ(中国レディ)」と呼ばれると、不快感を覚えるのに、ここでいわれても、「私、チーナですけど、何か?」と強く構えていられる。不思議なものだ。

3/11/2006

A la moda


ドミニカで、服を探すときにいつも思うこと。「個性がない!」大元の問屋が一緒なのか、どこのお店に行っても似たようなデザインしか見つからない。日本で得ていた、買い物の楽しさをあまり感じることがない。「安いし、使えるからいっかー」と消去法で選んでしまいがちだ。

ドミニカで売っている服の特徴

飾りが多い(ビーズ、スパンコール、ボタンを多用)

ほとんどメイドインチャイナ

ブランドのバッタもの

ジーンズは必ず縦に線が入っている

ちなみに私の分析によると、巷で今はやっているのは、胸丈のカーディガン。胸の前で結ぶもの、ボタンのもの、各種ある。ユニ○ロのフリースと同レベルぐらい着こなしが難儀そうだが、ドミニカーナはさらりと着てしまう。私が思うに、日本人は、服の個性で着る、ドミニカ人は個人のキャラクター、ボディで着る。ここに違いがあるんじゃないかしら。悲しいながら。