1/20/2007

Machismo y feminismo

普段活動していてジェンダーについて考えたこと
この国の男性はとても紳士である。男性には、女性は常に守ってあげなければならない存在である、という認識が強い。重いものを持っていると、手伝ってくれ、歩いていると、自分のバイクに乗せてくれたり、など、常に気遣ってくれる。普段生活する上では、この気遣いに助けられることがとても多い。

し しかし、仕事を円滑に行うためには、このジェントルマンシップが障害となることが多々ある。今ではもう担当している生産者は関係ある程度できあがっているので、特に性別の違いで仕事に不便を感じることはそれほどにはないが、活動開始~半年位、自分がどういう人間かということをわかってもらうまではこのことに苦労し悩んだ時期もあった。

  
例えば、農家巡回時。農業技術のアドバイス、経過観察等などの機会に畑に入る。そうすると、
よく、「女の子なんだから、服をよごしちゃいけないよ」、とか「こっちは大丈夫だからこの木の影に腰掛けて休んでなさい」とか、ある時は作業を中断して家にいくことを遠慮すると「すぐいくから、家にいって家内とお話してお茶飲んでなさい」と生産者自らによって、家まで連行(?)されたこともあった。「女の子が働いているなんて、不愉快だ」といわれることも多々あった。

  そのたびに、「不愉快にさせて本当ごめんなさい。私はここでみなさんと働くためにドミニカに派遣されたから、ここでもし働けないのであれば、日本に帰らなきゃならないよ」と説明したり、特に気にせず力仕事をしたりと、なんとか理解してもらおうと努めた。

  私は農業普及のアシスタントとして畑で生産者と一緒に汗を流して働くために来たのに、それを拒否されるのはとてもショックだった。ここでは、面白いことに仕事をするのに、「お願いですから、働かせてください、ごめんなさい」といわなければならなかった。

  逆にもうちょっと過疎地域に行けば、家族全体・地域全体で助け合って生活しなければならないので女性も種まき、草取りなど農作業をこなし、男性も家事に協力的だったりする。普段接している生産者が住む地域は都市部とのアクセスが比較的容易である分、仕事、生活スタイルなど様々な分野において、住みわけが行われている。これは男女間のみならず、階級によるものともいえる。

  ここドミニカ共和国は、インドのカーストのように明らかに認識されているものではないが、暗黙の了解のもとに成り立っている階級に対する意識が非常に強い。「畑に入り、汗を流す」という行為は生産者自身であってもしたがらない。零細経営であるにも関わらず、人夫を雇って作業させている生産者が多いことには非常に驚いた。プロジェクトの普及員は畑に入ることをあまり厭わないが、一般の普及員は、自ら鍬を持って生産者に技術を指導するということは、半ばタブーのように認識されている。靴もピカピカの革靴を履いている。農業普及員ですら畑に入らないのだ。


生産者達が活動初期のころ私にとった行動は、ジェンダーという観点のみならず、「普及員だから」「日
本人だから」という、階級意識という観点も複合されてのものであったと思う。

  しかし、これらも初期のもので、結局、仕事をちゃんとできるなら、男も女もあまり関係ないのではないだろうか、と思う。大切なのは、信頼関係だ。男性でも適当な仕事をする人はいっぱいいる。誠意を持って仕事をする、ということに性別はあまり意味をなさない。初めて私に接する人はとまどいを隠せないようであるが、しばらく説明・実践を繰り返していると、「こういうやつか」というのがわかってもらえるようである。

  ただ、完全にはジェンダーギャップはぬぐいきれないとは思うし、それは望まれていないと私も感じる。









  

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